新規事業をデザインの力でブランディング

2020/01/07

藤山近影

藤山 遼太郎

UXデザイナー

2014年入社

リコーにとって未知の畜産領域

たとえば、カメラや複合機で培った画像処理技術。センサーなどを使って対象物の情報を計測・数値化するセンシング技術。リコーは、さまざまな先端テクノロジーの研究開発を進めている企業です。そして、これらを活用して、従来参入していなかった分野で新しいビジネスを起こす動きも活発に進められています。

2018年から事業開発が進められた、牛群管理システム『RICOH CowTalk』もその一つ。これは畜産業、乳牛や肉牛の生産者の方々を対象とするIoTサービスです。首輪型センサーから取得した牛の加速度データをクラウド上のAIを用いて分析。分析結果をもとに分類した基礎活動情報から発情兆候や体調変化を検知することで、経営損失の低減に役立ちます。その情報を生産者の方々のスマホアプリへ送信・表示することで、手間と時間のかかる農場の管理を効率化。牛5,000頭をわずか15人で管理する、といった人手不足の解消にもつながるものです。

私がこの新規事業チームに入ったのは、2018年4月のこと。入社以来デジタル複合機のUI/UXを担当してきて、5年目を迎えたタイミングでした。ちょうど、「スキルアップのために、よりイノベイティブな製品開発に携わりたい」という意向を上司に伝えていたこともあり、「それなら挑戦してみるか」という流れで背中を押していただけました。やりたいことは常日頃から主張しておくのはとても大事なことです。

CowTalkのUI
牛に付けられたCowTalk

サービス全体のブランドデザインをする

『RICOH CowTalk』のチームは、社内外のメンバーで成り立っています。事業の推進とセンサー開発を行うリコーインダストリアルソリューションズ(RINS)、事業全体をディレクションする協力会社、スマホアプリやWebアプリのグラフィックデザインと実装を行う協力会社、リコーデザインセンターからは、各アプリのUI/UXをディレクションする立場で私と、センサーのプロダクトデザインを担当する先輩の2名が参加しています。

半年近くが過ぎたころ、各社が集うミーティングが日課として行われていました。並行してRINS社の営業担当者たちが全国の生産者へのヒアリングを重ね、生産現場の実情やニーズを把握。そうした中で、2018年8月からベータ版のテストマーケティングを行い、実際にユーザーに使用してもらうことが決まりました。残された期間は4ヶ月ほど。チームメンバーの気運は、テストマーケティングに向けてすぐにでもアプリデザインの実作業に入ってほしい、というものでした。

しかし私は、デザインの前にやらなくてはならないことがあるのでは? それは、サービスのコンセプトを明確にすることだと考えました。なんのために、リコーはこの事業を手掛けるのか。どんなユーザーに対して働きかけたいのか。私より先に参加していたメンバーは各自走り出していたわけですが、客観的に見て、足並みが揃っていないように感じられました。このままだと、事業がどこかでつまづいてしまうかも知れません。全員の意思を統一する役割を私が担わなくてはならない、と思いました。

私は早急に手を打つことにしました。現地に足を運ぶ時間は取れないので、RINS社の営業担当者の膨大なレポートを読み込み、なにを解決するためのサービスなのかを規定しました。そして、「畜産農家が日々感じる閉塞感の打開」と、それを実現するサービスとして現場に差し込む光を象徴しつつ、注意力や判断力も印象づけるコンセプトカラー「イエロー」を導き出しました。畜産の現場を改革していく「先進性」だけでなく、ITに馴染みのない生産者の方々にも受け入れていただけるよう「あたたかみ」も感じさせる色味を選びました。こうしたブランディングによって、事業やデザインの方向性が明確になり、以降の作業が格段にスムーズになりました。

ブランディングデザインについては、同じくチームに参加している先輩のアドバイスが大きなヒントになりました。先輩はTHETAの立ち上げからブランディングを担当した人であり、そうした知見を吸収できる環境は、私の成長の糧になっています。

牛舎
CowTalkを説明する藤山

社内外で連携してアプリをつくりあげていく

2018年4月から5月で、私はUIデザインのガイドラインを作成しました。もともと私は、複合機のUIデザインガイドラインを担当していました。デザイナーだけで10数名が携わり、グローバルに展開する製品だからこそ、関係者でルールを統一するガイドは重要になります。社外の協力会社がデザインや実装を行う今回のプロジェクトでも、考え方は同じでした。

『RICOH CowTalk』のスマホアプリは100画面以上。最終チェックは私の担当ですが、すべての制作過程でいちいち判断を仰がれるような状況は進捗の上で好ましくない。制作する人それぞれが迷わず正しく作業できるように、レイアウトやフォント、色遣い、画面上の挙動などの基準をあらかじめ示す必要がありました。確かに手がかかることではありますが、その後のスピードが違います。急がば回れです。6月には別件の海外出張がありましたが、デザインガイドのおかげで、リモートでも円滑に開発することができました。

気がつけば手を動かす仕事も増えてきた

ここまでの仕事、デザイナーというより、デザインディレクターのようだと感じた方もいるでしょうか。成功が約束されている新規事業なんてありません。だからこそ、「カッコいいアプリをつくる」といった枠に囚われていてはダメで、成功させるために自分でできることを考えて取り組む姿勢が大切だと私は思います。チームの向かうべき方向を考えることも、仕事のルールを作成することも、すべて私にとってはデザインなのです。

アプリを制作する直前、私は北海道の生産者のもとに足を運びました。実際に作業をさせてもらい、現場の方々の本音を聞き、「より使いやすくわかりやすい」アプリのメニュー表示などにフィードバックしました。

開発中には、各地の生産者と会っているRINS社の営業担当者にアプリの要望を聞いていただくためのインタビューのガイドラインを作成して展開しました。また、YouTubeでも公開している製品のプロモーションムービーなどの映像も一部検討に加わりました。その一方で、Webのバナー広告や、資料請求者にダウンロードで提供するホワイトペーパー、展示会用のポスター、最近では雑誌広告と、私自身が実際にデザインするものもどんどん増えています。すべて初めて手掛けるものばかりです。このような思ってもいなかった仕事の広がりも新規事業のおもしろさであり、デザイナー冥利に尽きると感じています。

藤山がデザインしたマテリアル

デザインの可能性

『RICOH CowTalk』は、2019年度グッドデザイン賞を受賞しました。ITに親しんでいない方に寄り添うデザインを評価いただけた結果です。いろいろなITサービスが試される状況でありながら 、デザインはまだ入り込んでいない畜産の分野で、リコーが優れたサービスやプロダクトを浸透させていく。それによって産業そのものを活性化させることができれば、新たな生産の担い手も増やしていけるかもしれません。デザインの力のもつ可能性を、私は再発見しました。

このサービスは、これからが本番です。コンセプトとして打ち出している生産者の閉塞感の打開については、テストマーケティングをしていただいている方々の中から、少しずつきざしが見えはじめてきました。ユーザーモデルをつくり、コンセプト作成を通じて仮想のシナリオを描き、自らジャッジして、ブランディングからサービスを形にしていく。このようにデザイナーとして事業に貢献できていることは、私にとって大きな自信となっています。

藤山さんの一日

  • 9:30

    出社、メールチェック

  • 10:30

    複合機のUIデザイン検討

  • 12:00

    ランチ

  • 13:00

    CowTalkの協力会社と打ち合わせ

  • 15:00

    デザインメンバーと情報交換、休憩

  • 15:30

    デザインガイド作成

  • 16:30

    次回ユーザー訪問の計画打合せ

  • 18:30

    帰宅

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